たこ焼きと旅とアートの地獄絵図。

あの日の空の色も隣にいた君の表情ももう思い出せないけどただ空が綺麗だった事は覚えてる

先月アメリカから帰国してからずっととある中野のシェアハウスのリビングで生活をしています。

帰ってくると鍋パーティーが開かれていたり知らない人がたくさんいたりする空間が私の部屋です。

睡眠中はリビングのオブジェと化しています。

 

実際かなり邪魔だと思う。住人の皆理解してくれてありがとう。

おかげで私は生活できていますありがとう心から。

 

 

 

 

ところで、歌い出しがHelloで始まる歌はだいたいかなり良い歌だよね。

 

adeleのhelloとか

YUIのhelloとか

Alexondorosのhelloとかもはや全部題名からhelloだったわ。

 

 

 

 

そんな事はどうでもいいんだけど、歌や香りで思い出す記憶はどうしてあんなにもはっきりと素直なんだい

 

それに今になってその香りを思い出す事はできないのに、戻りたいと思う瞬間があるのは、

 

勝手にメロディは流れてこないのにどこかで偶然会えたりしないかなって思う人がいるのはなぜだろう

 

 

楽しかった記憶って意外とすぐ忘れる。

仲よかった人って意外とすぐ遠くなる。

 

最近そういう事が分かってきてしまった。

 

だったら

 

それでも、最後まで残るものって何だろう。

 

誰かの記憶になにか素敵な感動と景色を残せるものって何だろう。

 

 

人としても仕事でもそんな人間になれたら良いなとか

割と思想深めな事思ったりしながらリビングのソファーでだらけている。時もある。

 

 

内定先の会社でインターンしていて最近私は一つのイベントを迎えた。

なんとなく知ってる人もいるかもしれないけどSWEETS by NAKEDというイベントがあって

一ヶ月前くらいから綿菓子のトンネルや星屑のポップコーンを無限に生成していた。

 この前からギャーギャー言ってるけど。

 

もう日々ボンドで手がゾンビのようだし、

寝不足で風邪こじらせて予定はめちゃくちゃだし

そこまでやった所で果たして何かの役に立てたのか、

ってか他の事見失ってまで取り組む事って正しい事なのか、わからない。


この前人に優しくなれないほど忙しい毎日は嫌だと言った。

だけど必死になって何かやりたいと思うときに回りを見失うくらい突っ走ってその先に何か成し遂げられるならそれもありかなとも思う。

 

だけど勉強でも仕事でも恋愛でもなんでもやりたい事が一つはっきりしてる時ってわりと夢中になって体調崩したり予定ダメになって他の事できなくなる辺り

やっぱりまだまだコドモだなあ

オトナはこの辺バランス良くできるんだろうな。

 

 

まあ、今回私はやりきった。 

いろいろとやらかしたけどやりきった。

 

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今回の案件ではっきり分かった事がある。

クリエイターがデザインした構想を皆でカタチにすること。

音響も照明も映像も広報も運営も政策も

音とか映像とか作ったり、告知したり物品手配したり、

一ヶ月前まで皆やる事は全然違ったのにそれがだんだん重なって繋がって

やっと現場入って仕事が一緒になって一つのものが完成する。

 

初めて実際にそういう事を体験したその時

もうただただ、涙がでるほどどきどきして

胸が苦しいほどのワクワクが一気にきた!!

 

どっかーん!エッフェル塔どっかーん!!

 

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にする事

 

これって私にとって最強にやりたい事で、最高の遊び。

 

 世界の色んなをみて色んなの話を聞いて

 

日本でやりたい事なんだろうってずっとずっと考えてた。

 

だけど現場に入った時のあの感動。この場所だ!って思った。ここが私の居場所だ。5年前の記憶が蘇って、

結局私が帰ってきたのは高校の文化祭準備教室の世界の中だった。

 

やっぱりアート意外に私をこんな気持ちにさせる事ってない。

今は皆が本気で、プロで、そんな文化祭。

 

5年前の自分に自慢できる今だ。

私はあの時の答えの中に飛び込むんだ!!

 

な空間を作れば

皆少しずつでもピーになるって

  

今も私はそんな事を最近本気で考えているのだ。

ってか実行しちゃうのだ。あひょー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日中倉庫にこもって何をしていたか。


最近毎日なにやってんだろうという日をよく過ごす。


火曜星屑のポップコーンを糸で繋いで


水曜キャンディーの看板を作って


金曜は一日中倉庫にこもって

綿菓子のトンネルを作っていた。


モコモコモコモコ


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手がぼろぼろになってきた。


全ては夢のために。


12/1からすべてが分かると思う。




あのポスターの秘密。そして私の夢

 

 

この前もう東京戻りたくないって言ったけど

ん〜あれは、あれは撤回だ!!

 

 

東京ラブ。ビバ東京。

 

 

 

 

ただしばらく仕事を休んで色々考えられたのは

良かったかもしれない。あひょー

 

多忙と充実って全然違うって気づいた。

 

私は仕事のために会社に行くのではなくて

自分のやりたい事ができるから会社に行くのだ。

 

 

 

  

昨日は久々の出社で、1カ月の間に

色んなプロジェクトが動いてて

またバッキバキにやる気が湧いてきたお

 

 

そして、ついに

コンセプト「都市とはアートである」 の

TOKYO ART CITY もリリースされて

ポスターもできていた!きゃっきゃっきゃ

 

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いや、この感動よ。

 

 この展覧会、

 

変化を続ける“東京”を題材に人びとの営みが集積する“都市”を表現したもの。

 

東京の巨大模型にマッピング

 

こんな事するクリエイターって今までいなかった

 

ここで"東京"を体験することによって時間軸を超えて

変化し続ける“都市”を表現するってわけだ。

 

12/21公開!!

 

 

実はこのヴィジュアル、

 

TBS金曜ドラマで放送中の砂の塔のタイトルバック作ってるクリエイターさんが同じだったりするんだなあ。

 

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これね。似てるね面白い!

 

 

さらに年末年始は

 表参道ヒルズにもお菓子の世界が出現する.....

 

sweetsbynaked.com

 

女の子の夢だね。本当に素敵なものができると思う。

 

 

いやー冬案件アツすぎる!!2017年絶対バズるわ。

 

これ年明ける前に会社爆発するだろ。

実にいろんな意味で 。

 

 

 

 私さあ、

 アートの仕事がしたかったの。

 

前にバイト先で、某大手企業の某社長さんに

 

「アートの会社で働いてそこで広報を担当したい。

街の中にアートが増えて皆の毎日が少しづつでも

楽しくなるような仕事がしたい」

 って言った時に

 

「君みたいに夢ばっか見てるようじゃ社会でやってけないよ。

僕なら絶対採らない」

 と言われて

 

相手がそれなりの地位の人だった事と

就活中だった事もあって

あーやっぱダメなのかなって悔しくて悔しくて

 

 

 

心の中で

 「クソおやじが若者の夢にケチつけてんじゃねえぞ

仕事じゃなかったらお前の話なんか誰が聞くかーー

ボケボケボケっ!!!!!!」

 と思いながら笑顔でお酒を飲んでいたけど泣きたかった。

 

 

で、あの時言われた言葉が忘れられなくて

夢みて何が悪いんだ?

いーじゃん夢ばっかの人生いーじゃん!

の反骨マインドで内定を蹴ってもう内定0のまま突っ走った。

 

 

 

まあね、今ではあの時の社長も

 

「君みたいな人間は周りの人間に潰されないように気をつけなさい信用できる人を見つけなさい。僕は応援する」

 

的な事を言ってくれるようになったよ。

 

社長さんは本当はクソおやじではなかったのだと思う。

 

多分あの社長さんの言葉は

嫌味とかではなくて正直な気持ちで

 

あの時の私の夢の話に説得力がなかっただけ

 

 

ただ今の私は違う。

 

挑戦できる場所に立ってる。

夢を応援してくれる人がいる。

 

ってか多分もうあの時言った事が夢じゃなくなってる。

 

夢みて何が悪いんだ?

いーじゃん夢ばっかの人生いーじゃん!!

 

私は、これからも夢を叶え続けて自分の人生を生きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポートランドについてひたすら真面目に論じる回-20世紀式社会と真逆を行く街-

 

 

卒論調査でポートランド行ってきた。よ。 ね。

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 ジャーン!

調査だよ。遊びじゃないよ。

資料館行ったり、商店のオーナーに色々と質問したり、

結構真面目に調査したよ。

 

そして、わかった事。

 

私は大学で街づくりを研究しているのだけれども、

なぜポートランド選ぶかっていうと、

 

ポートランドの人達の思想は

物を買う事、物が売れる事が前提の社会にはない。

 

物質的な豊かさを求める消費社会のその先にあるのは

それぞれが自分の生き方を持った社会。

これから世界がそうなっていくのでしょう。

 

ポートランドは今その時代をちょっと先に歩んでいる町なのだ。

 

 

 例えば

 

 

毎週月、水、金に行われるファーマズマーケット

 

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農家は 自分の農園で採れた野菜を自分で売る。

 

 

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 自分で直接選んで安心で新鮮な食材を買う事ができる。

 

 

 

 

地産地消とか、ローカルファーストとか

最近よくきくようになったけど、それって

目先の豊かさや経済に捉われないで生きる。持続可能な地域社会のカタチ

 

 

きっと未来は、人間が本来心地よいと感じるもの、

オーガニックの野菜や、自然に触れて生きる事

散歩をしたり、読書をしたり、好きな音楽を聴いたり

ゆっくりとした時間を過ごす方向へ変わってくる。

 

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そして、  

住人達はそれぞれが自分にできる事に挑戦すればいい。

 

一人ひとりが都市において、自分を発揮すればいい。

 

そこから、切り口の異なる文化が存在するようになる。

 

 

街の大事な機能は

暮らす人がいろいろな事に挑戦できる場を

重層的に、多様な方法で提供する事。

 

 

 

だから街づくりのデベローッパーのやるべき事は

利用動機の混在を生み出す事。

 

それによって小さな奇跡が

たくさん起きる可能性を必然的に生み出す事。

 

 

 

例えばポートランドの場合、

 

 

ダウンタウンでは街の一階部分は、

商店を設けないといけないという決まりがある。

 

また、歩道の幅が7mに定められているため、カフェでも

テーブルや椅子を置いて通りを眺めながら食事をする事ができる。

そして、目が合う頻度が増え、街に活気が生まれる。

 

 

あとは、そのための整備や制度は住人主体で決め動かす。

住人は自分の意識や行動によって街が

より良く変わっていくのだという事を知る。

 

 

パールディストリクトという治安の悪い倉庫街だったこ

地区で行われた大規模な再開発は、

レンガづくりの倉庫はその無骨さを生かしながら改装され

店舗やアーティストのスタジオ、ギャラリーが立ち並ぶ

おしゃれな街に生まれ変わった。

 

  人々はそれを「パールの奇跡」という。

 

 

街が変われば、住む場所が変われば、文化や思想が変わる。

ライフスタイルが変わる。

 

 

 

 

 

ポートランドの最高の創造は、

人々のライフスタイルを作った事だった。

 

 

 

真面目マインド☝️️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はただ好きな人と一緒にいたかっただけの女でした。

 

 

私の大学生活

思えば高3の時好きな人と一緒にいたくて

目指した大学だった。

 

 

入学してから1年間

学食、飲み会、彼氏、始発帰り、バイトっていう

超絶模範的な大学生を満喫して

毎日があまりにも無意味で

あまりにも楽しすぎて

 

ああこれが田舎娘の私が

大嫌いな田舎を飛び出して

やりたかったことだ〜!!

 

って思った。

 

そして1年の終わりに突然

訪れた人生初の失恋。

 

その時、全てに燃え尽きたような

 

私に残るものは何もなくて

私は何のために生きてきたのか

これからどうすれば良いのか分からなくて

 

とりあえずどこか遠い街にでも

行ってみる事にした。

 

 

まず、お金を貯めたかったから

たこ焼き屋で住み込して貯金した。

 

 

とりあえずそこからの半年で

カンボジアとタイとカナダに行ってみた。

 

 

 

そしたらなんかもっといけんじゃないかって

思って、なんかもう主旨変わってきてるけど

世界旅してやろうと思った。

 

 

 

 

もはやどうして旅に出る事になったのかも忘れ

とにかく世界中のいろんな人と話がしたくなって

 

 

3年の夏には英語の勉強するため
地中海のマルタ共和国行った。

 

 


空と海が綺麗すぎて地中海ボーイがイケメンすぎて

 

もはやどうしてマルタに来たかも忘れ
一週間で同棲生活を始めた。

 

 

 

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そこで日本女子と騙し合いのバトルを繰り広げたり

友達と毎日ビーチ行ったり

各国のご飯を恵んでもらったり。

 

だけど結局日本に帰る時が来て一夏の恋も終わる。

綺麗な海とも世界のお食事食べ放題もお別れ。

 

 

 


日本に帰国。

 

安心して帰れるはずの自分の家は

ちょっと色〜んな裏社会の事情によってもうなかった。

 

 

そしてグローバル女子はただのガン黒ホームレス女子大生となり

様々な友人の家にころがりこむ生活。

 


帰国してからもガン黒ホームレス女子大生

はしばらく一夏の恋を引きづり

中東で暮らす彼と遠距離恋愛しながら

的屋でカステラ職人を目指した。

 

 焼いてる間お客さんと喋れるし

意外と手先が器用な私だから天職だと思った。

カステラなら彼と結婚して移住した後も商売できると思った。

 

 

だけど中東情勢がどんどん悪化して

彼の国ではたくさんの悲しい事件が起きていた。

日本人が巻き込まれた事件もあった。

 

カステラ職人見習いは(ホームレスとはいえど)

もう便利で安全な日本から離れたくなっていた。

 

 

 

 

 

その頃カステラ職人見習いは夜は銀座のクラブで働きながら
お金を稼いでいた。ホームレスホステスは

お客さんから「家なき子」というあだ名で呼ばれた。

源氏名家なき子のホステスとか中央区の奇跡だろ

 

 

 

 

家なき子ホステスはもう何もかもいやになった

 

実家帰る!!!

 

 

 

 

 

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クッソ!!

 

田んぼ!!

 

 

 

 

広いと思ったはずの世界が狭くなってゆく。

 

 

 


しかし一ヶ月後、再び田舎に嫌気がさして

 

気分転換に始めたシェアハウス生活。

 

 

6月にクリスマスパーティーやってみたり

ちょいちょい時空が歪む家だった。

 

世界3周してた人とかクイズ王とかが平気でその辺にいて

 

東京には頭のおかしな大人がたくさんいる事が分かった。

 

 

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東京生活が再開して
そのシェアハウスが解散になったり大学に反省文書いたり

まあ定期的にトラブルは起きるけど、

だけど毎日楽しいのだ!家がある!周りに人がいる!

 

家の一階に893さんはいないし

帰る家がない事を心配しなくて良いし

半径100mに人がいない場所に片道2時間かけて帰る

必要もないのだと。

 

 

素晴らしい。久しぶりに楽しく暮らせてる。

戻った。平穏で充実した生活!!

 

 

 

ただし、

 

この前、いつかの約束を持ち出して

プロポーズしてくれた彼は私の返事を聞く前に

 

「だけど日奈子はもう生きてる世界が違うね。

もっとビッグな男になるから心の片隅に覚えておいて!」

 

と行って去って行き、

 

 

中東の彼は兵役に行くと昨日連絡があった

帰ってきたら私と暮らせると言ってた。

 

 彼の国では兵役が終わらないと結婚できないからね。

  

ん?これまだ付き合ってる感じ...?

 

なんか気になる部分もあったけど

 

彼が兵役についている間にどうか危険な事に

ならないようにと今はただそれだけ祈る。

 

兵役が終わって中東情勢が落ち着いたら会いに行こうと思う。

 

色々こじらせそうだけど。

 

 

 

 

 

 

いや、なにこれ。

 

 

 

 

やっべえやつじゃん。

 元彼引いてんじゃん、

片や、兵役いってしまうし。

 

 

とんだ大学生活だった。

 

 

 

美術の専門学校行こうと思ってたのに

うっかり流されて四年生大学入っちゃった

 

あの時の私はどこに行った。


1人アメリカ西海岸でこんな事を

考える時間。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機乗れなくてカウンターでぐずったらミネソタ州に飛ばされた

 

卒論調査でポートランドに来ておりますおりますおります。

 

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ポートランドどこぞや?って。

アメリカの西海岸、オレゴン州の街だったよ。

アメリカ行った事ないから全然わかんない

 

けどとりあえず行く事にした。

 

まあ最初、卒論書く!って言ったのはただゼミを休んで

海外旅行に行きたかっただけなんだけども

 

 たまには?研究テーマ的なものを持って?

海外行くの面白いかなあと思って

 

ポートランドを選んだのは

4月に入社する空間デザインの会社で

やや働いてる事と

大学で街づくりを研究してる関係で

 

世界的に街づくりのモデル都市になっている

街を見てみたいと思ったから。あひょー

 



しかし、


3年からゼミをちょくちょくさぼって

コツコツと教授からの信頼を失っていた事と


ちょっとしたアクシデントで反省文提出した件でも

がっつり教授を怒らせていて


うちのゼミの頑固鬼教授の

その鬼度がかなり増してた時期だった。

 

それをなーんとーか説得しようと試みて、

3週かけてサシ飲みに行った。

 

一週目

「もうアメリカでもどこでも行ってくれ!帰ってくるな」

もうこれすでに許可降りた感あるし、

私的にはオッケーなんだけど

 

一応の二週目で

「しっかり調査して来いよ」

とか色々アドバイスをいただき

 

とどめの三週目で

「君の事だからもう会えないかもしれないけれど、、」

となんか色々と心も広くなった鬼教授と握手を交わし。

  

出国が決まった。

 

海外へ飛び立つのは7か国目だけど


私ってアクセス運がことごとくわるくて 

本当に無事に出国できた事がないから

 

今回は空港に2時間前について

すぐにカウンターに並ぶ。

 

ってか2時間って割と

ギリギリなんだなーって思う。

今までの私、出国なめすぎてた。

 

だけど今日の私は一味違う!!

 

と思ってたら

 

 

ESTAの申請が必要になります」

 

 

ESTA.......

 

そんなの聞いた事ないけど。

 

 

サクッと飛行機のがした。

 

 

 

カウンターの前でめそめそしてたら

後便手配してもらった。

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ミネアポリス乗り換え。

どこっ!!!!!!!!



アクセスの神様、やっぱりわたしにつめたい。

 

 

日本人の誇り、たこ焼きについてやかましく論じる

 

 

 

 私は、大学2年生から2年間たこ焼き屋の二階に

住込で居候しながら働いてた。

 

 

たこ焼きの匂いで目覚めて、たこ焼きの匂いで眠る。

 

 

店内は私のリビングでいつもそこには貧乏学生だった

私を拾ってくれたマスターや常連さんやご近所さん、誰かがいて

2年間ずっとたこ焼きが私の世界の中心にあった。

 

 

 

 

 

 

 

たこ焼き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは

 

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十分な火力で一気に焼き上げるべきもの。

 

 

できれば熱伝導の良い、正しく焼き入れがされ

毎日手入れされた銅板を使い

 

 

油は少量、

 

 

材料は妥協をせず、

 

 

生姜とネギは色つけ程度だから

大量に入れる必要はなく

 

 

あくまでシンプルに。

 

 

 

 

まずは、大阪エビス屋のソースか

出汁に味が付いているはずなので塩で。

 

それから醤油、味噌、ポン酢に変えたり

ネギをトッピングしても良い。

 

 

ちなみにたまにソースも塩もなし

そのままのたこ焼きを食べたいと

「素焼き」なるものを

頼んでくるお客様もいる。

 

 

にしても、この大きさの粉の球体に

タコというのは本当にベストだと思う。

 

 

たこ焼きはかつて中身が

コンニャクのラジオ焼きから始まって

戦後、今のたこ焼きになったわけだけど、

 

 

これは昭和10年、会津屋初代店主が

明石から来た客に言われてラジオ焼きに

タコを入れたのが始まりで、

 

 

長きにわたり先人のたこ焼き職人達が

他にもっと良いものがあるんやないか!って

試行錯誤を繰り返してきたわけだけど、

 

 

やっぱタコが、ベストだったみたい。

 

 

当時の社会的背景に見ると

たこ焼きに限らず

日本の粉もん文化は第二次世界対戦下の

食料難を防ぐために始まったとも言われてて

だから粉もんはあの時代を生きた日本人の

工夫からできたもの

 

もうこれは日本の誇りだわ

ビリケン様の金玉だと思って食べてください。

 

 

ただね、安くて簡単に作れて

誰でも食べられる庶民の食事。

やっぱりそれが大阪の粉もんの一番の魅力だから。

 

色々言ったけど、たこ焼きを食べて

お腹いっぱいになって少しでも幸せになって

もらえたら、たこ焼き娘はもうそれでいいです。

 

 

 

 

私は西武池袋線江古田駅

たま〜の日曜日こちらの

たこ焼きBarでチャカチャカたこ焼き焼いてるから

 

焼きたてのたこ焼きを食べに来てね!

と、たこ焼きについてサクッっと論じつつ

ちゃっかりお店のPR。

 

 

 

 

あ、あと美味しいたこ焼きを焼くコツとは

何かってよく聞かれるけど

 

 

そこで大切なのは、

 

 十分にタイミングを待つ事。

 

 一気に転がす事。

 

 

つまりたこ焼きと恋愛は一緒.......